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【寄稿コラム】雪花雪中塾からの招待状4「多視点で磨く思考力」

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雪花雪中塾からの招待状4「多視点で磨く思考力」

雪室りんごや雪下にんじんは、雪中でより甘くなると言われています。厳しい環境の中でより良い方に育つという特徴に重ね、今は隠れて見えない、地域の人財、産物、資源を、塾を通して見出したいという想いを込めた「雪花雪中(せっかせっちゅう)」。社会・地域課題の解決について、対話や講義を通じ、共に学び、考える場を作り、新ビジネスや地域おこしに取り組んでいく人財が育つよう「雪花雪中塾」のコーディネーター・講師のオール株式会社代表取締役の山崎宇充(うじゅう)さんが語る。

学びの場はどこにあるのか

 寄稿コラム「雪花雪中塾からの招待状」は全6回で完結するように構成している。第3回の投稿を終えて、ありがいことに感想、メッセージが届く。主にSNSで私を探して送ってくださる方が多い。その中には、どうしたら塾に入れるのか?いくらかかるのか?など、入塾の問い合わせもある。雪花雪中塾は、青森商工会議所の人財育成にかける強い想いによって運営されている。参加無料、入塾条件は無し、現在の第5期からリアル(青森商工会議所1階 スタートアップセンターで講義実施)、オンライン、さらにオンデマンド視聴での受講も可能となり、時間や場所を気にしないで受講できるようになっている。

 雪花雪中塾は毎年3月に卒塾式を行い、4月から新たな期が始まる。4月と5月には新塾生候補に向けたオリエンテーションを実施し、6月から月1回開催の講義がどのように運営され、何を学ぶ場なのかを丁寧に説明している。

 多忙な日々を送る人も多く、オリエンテーション後に姿を見せなくなる方もいる。しかし、そこで明確に学ぶ決意を固めた人は最後の卒塾式まで一度も離れず継続して学び続けてくれる。学び続けるという選択は想像以上に難しい。生活や仕事の状況は人によって異なり、優先順位も変わる。そのような状況を踏まえ、私は無理に引き止めたり、決断に干渉したりせず、それぞれが自ら考え、自ら選び取る姿勢を尊重している。雪花雪中塾は、強制ではなく主体性によって成り立つ場であり、その主体的な一歩を踏み出すかどうかが学びを深める第一歩であると考えている。

雪花雪中塾からの招待状4「多視点で磨く思考力」

 塾生候補にとっては、月1回の学びの場は非日常なのだと推測している。よって、ただその場にいれば学んだ気になってしまうような雰囲気にはしたくない。「知を高めるとはどういうことか」「学ぶとはどのような営みなのか」という根本的な問いに立ち返りながら塾生ひとりひとりが主体的に思考し、実践する力を養うことを目的としている。

6つの大切なこと

 社会が急速に変化し、これまでの常識や定石が通用しなくなる時代において求められるのは知識量の多さではなく「考える力」と「問いを立てる力」、そしてそれを行動に移す「実践する力」である。雪花雪中塾は、その本質に迫るための6つの構成を軸に組み立てている。

雪花雪中塾で学ぶこと

 まず大切なのは「好奇心を持つこと」である。新しい学びは興味を持った瞬間から深まり始める。 何かに心が動き「知りたい」と思ったとき、人は自然に深く探究しようとする。知の入口はいつも好奇心であり、この小さな動機が学びの扉を開く。どれほど豊かな教材や講義が用意されていても自分が興味を抱かなければ学びは始まらない。

 次に必要なのは「情報を集めること」である。社会は複雑に絡み合い一つの視点だけでは物事を正しく理解することは難しい。だからこそ、多様な情報源を持ち、多角的に世界を捉える姿勢が求められる。異なる視点、異なる立場、異なる分野の情報を集めることによって初めて新しい発想やアイデアが生まれる。学びとは、点在する情報を結びつけ、意味を編み上げていく作業でもある。

 しかし、情報を集めるだけでは不十分である。集めた情報を自分の頭で再構成し「問いを立てること」が不可欠だ。 問いとは、知の方向性を決める羅針盤のようなものであり、自分自身の思考の起点でもある。何か新しいことを学んだ時、それをそのまま受け取るのではなく「これはどういう意味だろう」「なぜそうなるのか」「他にはどんな可能性があるのか」と自ら問いかけることで理解はより深まる。問いを持つ者だけが知識を知恵へと変えることができる。

 さらに、その“問い”を基に積み上げた学びを「実践すること」が重要となる。学んだことを頭の中だけで終わらせるのではなく行動に移してみることで、その理解は飛躍的に深まる。実践は、成功だけではなく失敗からも学びを得る場であり、挑戦を通じて自分の限界を知り新たな視野を開く契機となる。

 その一方で、学びは一度に完結するものではなく「継続的に学ぶこと」が不可欠である。学びとは積み重ねであり、日々少しずつでも前に進むことで時間とともに大きな変化を生み出す。継続することは容易ではないが、続けることでしか得られない成長や深い知識があるのだ。そして、学びの質を高める上で欠かせないのが「フィードバックを受け入れること」である。他者の意見や評価を受け入れることは、時に自身の心の痛みを伴う。しかし、外部からの視点こそ自分が見落としている前提や偏りを教えてくれる貴重な鏡である。自分の考えに固執するのではなく、他者の声に耳を傾けることでより広い視野と深い理解を獲得することができる。

4つの多角的な視座

 雪花雪中塾が目指すのは他人事として社会を眺めるのではなく「他人事から自分事へ」と視点を転換し、主体的に行動する人材を育てることである。現代社会の課題は複合的であり一人の力で解決できるものではない。しかし、ひとりひとりが自分の関心事に対し責任を持って行動を起こすことで社会は確実に変わっていく。その原動力になるのが“知を高める姿勢”であり、その起点となるのが“好奇心”である。だからこそ、私は塾生に向けて最後にいつもこう伝えている。

 「好奇心を持ってください」と。

 これは単なる励ましではない。未来を切り開くのは知識でも技術でもなく、「知りたい」「学びたい」と願うその心なのだ。

 次に、伝えるのは、物事を理解しようとするとき、私たちはしばしば一つの視点に頼り過ぎてしまう。見えている範囲の情報だけを手がかりに判断し、そこから導かれた結論に“真実らしさ”を感じてしまう。しかし、世界は単層ではなく多層であり、事象は単線ではなく多面的である。だからこそ、ひとつの見方に依存するほど私たちの認識は偏り未来を見誤る可能性が高くなる。 こうした思考の硬直を避けるために私が用いているのが、鳥の目・虫の目・魚の目、そして蝙蝠(コウモリ)の目といった多角的な視座である。

 鳥の目とは、高い空から世界を俯瞰(ふかん)する視点である。 全体像をとらえ、構造を見抜き、流れの大局をつかむ。地域課題でも、ビジネスでも、社会問題でも、まず全体の状況をつかみ、描くことが不可欠である。人は部分から全体を推測しようとするが、それではしばしば誤る。鳥の目によって、初めて自分がどこに立ち、どこへ進もうとしているのかという“位置情報”が明確になる。 未来を構想する上でも、まず必要なのはこの俯瞰の力であり、それが戦略的思考の基盤となる。

 対照的に虫の目は局所に目をこらし、細部に飛び込み、現場そのものを観察する視点である。鳥の目で描いた全体像も現場を知らなければ実態に合わない抽象論になってしまう。例えば、地域活性化の議論において“地方が抱える課題”という大きな言葉をいくら並べても、農家が日々どのような負担を抱え、商店主が何を恐れ、若者が何に希望を見いだせていないのかといった具体的な姿を知らなければ解決策は現実に根を張らない。虫の目は、社会の複雑な機微を読み取り、隠れた要因を見抜くために欠かせない。細部を軽視した未来予測は、ただの空論にしかならないのだ。

 魚の目は、時代の潮流を読み取る視点である。水の流れに身を置く魚は変化に敏感で流れの向きや水温の変化をいち早く察知する。社会にも同じように大きな潮流がある。人口動態、技術革新、価値観の変容、地政学的な動き、環境問題など、複数の要因が複雑に絡み合って社会の流れをつくる。魚の目とは、この「時代の流れ」に同調し、未来の兆しを読み取る力である。 地方創生や産業構想において最も失敗する原因の一つは、この潮流を読み間違えることだ。いま世界がどちらへ向かっているのか、その流れは早いのか緩いのか、逆流はどこに起こっているのか、魚の目を持つ者だけが未来への航路を誤らずに済む。

 そして蝙蝠の目。 これはクリティカルシンキングと近い発想である。
※物事を客観的かつ論理的に分析し、本質を見極めて最適な結論を導き出す思考法。「批判的思考」とも言う。単に否定するのではなく、前提を疑い、多角的な視点から深く考え抜くことを指す。

 蝙蝠は超音波によって空間を認識するため、私たちが目で見る世界とは異なる“別の世界の構造”を知覚している。つまり蝙蝠の目とは「常識の外側から物事を再構成する視点」であり、固定観念を揺らす批判的思考そのものである。私たちが理解しているつもりの現実は、実は自分の経験・価値観・社会通念がつくりあげた“モデル”に過ぎない。そのモデルそのものを問い直す力が蝙蝠の目である。 未来を創る人間は常に「逆から見る」「疑う」「再定義する」という態度を持つ必要がある。既存のフレームワークに従うだけでは、イノベーションは決して生まれない。

 未来を予測しようとすると、多くの人は「正しい答え」を探そうとする。しかし未来とは単に予測されるものではなく、構想し、選び取り、創り出すものだ。 鳥・虫・魚・蝙蝠という四つの視点は、それぞれが未来構築のための思考の補助線となる。鳥の目で全体像を捉え、虫の目で現場を理解し、魚の目で時代の流れを読み、蝙蝠の目で枠組みそのものを問い直す。 この4つがそろったとき、人は初めて物事を「立体的に」理解することができる。立体的な理解こそが未来を誤らずに想像し、設計し、実現するための条件である。

「多角的に考える人財」づくり

 地方創生においても、この多視点的思考は欠かせない。地域は単一ではなく産業構造も文化も環境も複雑に絡まり合っている。 地方の課題を横から見ただけでは、その本質はつかめない。高齢化や人口減少という数字だけでは語れず、地域の人々の生活の肌触り、産業の息づかい、若者の心の揺れ、過去から続く文化の積層、時代の流れの中で見落とされてきた可能性……。 それらすべてが地域の“未来の原材料”になる。だからこそ、一つの視点では「真の姿」に触れることができないのだ。多角的な視点を持つということは異なるレイヤーの現実を同時にとらえることであり、未来が生まれる構造そのものを理解するための知的な行為である。

 例えば、「従業員が集まらない」という問題を考えてみる。虫の目で細部に焦点を当てれば、まず給与や働き方の改善が必要だという答えに行き着く。しかし、では一体どこまで給与を上げれば良いのか、その働き方で経営は持続可能なのか、という疑問がすぐに生まれる。では、上から見下ろすように全体を眺めると「この課題は避けて通れないか」「別の道はないか」と考えるきっかけが生まれる。広い視野で見れば、今や多くの企業が人材確保に苦しんでいる。 他社と同じ条件の改善をしても従業員が集まらない。それならば、従来の方法に固執せず、別のアプローチで企業を守る道を探るべきなのかもしれない。さらに流れを見る魚の目で眺めると、社会全体ではDXやオートメーション化が進み、人手に依存しない経営にシフトする動きが加速していることに気づく。ITに詳しくなくとも、「効率化」という潮流が確実に浸透し、多様なシステムや仕組みが実装されている現実が見えてくる。

 しかし、ここで蝙蝠の目、すなわち俯瞰と細部の往復による批判的視点を加える必要がある。「とはいえ当社でこれだけの投資が可能だろうか」「本当に劇的な効率化は実現できるのか」「それを担う人材や仕組みはどう整えるべきか」、こうした問いが浮かび上がり思考はより深まっていく。 その結果、何か手を打たないといけないという現実に対峙し、経営規模とのバランスを考えた施策、未来に向けた戦略が着々と作りあげることとなり、さらに、その戦略が正しいのかを日々問いかけて考える習慣が身に付く。確かに、東京で暮らし、仕事をしていれば、情報量も多く成功事例にも触れやすいため、この思考プロセスをすべて踏まなくとも、短期間で結論に近づく場合もある。 地方ではしばしば、「東京だからできる」「人が多いから可能だ」と理由づけしてしまい、本質的な成功要因の分析や学びを遮断してしまう傾向にある。 だからこそ、多角的視点を持つことが不可欠なのである。 虫・鳥・魚・蝙蝠の各視点を組み合わせ、「考える力」と「問いを立てる力」で自らの状況を捉え直し、同時に「情報を集めること」で現実的な選択肢を増やし、実現性を丁寧にシミュレーションする。この思考の積み上げは、単なる知識の習得とは異なり、未来を切り開くための知恵となる。

 私は、この多角的に考える力こそ、雪花雪中塾の塾生たちに最も身につけてほしい能力だと考えている。当然、第5期を迎える今、これまでの塾生が卒塾時にこの力を十分に体得しているかと言えば、まだ道半ばである。私自身も学びながら学び直せる場を磨き続け、いつか「多角的に考える人財」を地域に送り出せるよう、歩みを止めず育成に尽くしていきたい。

 雪花雪中塾は、塾生の地域への想いを育み、行動へとつなげる学びの場であり、これからも青森の未来を担う人財が生まれる土壌であり続けたいと考えている。

令和5年度開催時のチラシ
令和5年度開催時のチラシ

次回は、雪花雪中塾からの招待状5「未来予測からアクションを考える/バックキャスティング思考」12月下旬更新予定です。

雪花雪中塾からの招待状3「本当の学びとは」(2025年11月19日更新)

雪花雪中塾からの招待状2「雪花雪中塾誕生秘話」(2025年11月10日更新)

雪花雪中塾からの招待状1「大人になって学ぶ楽しさ」(2025年10月27日更新)

山崎 宇充(やまざき うじゅう)
30代でIT、メディアの上場会社で役員を歴任し、40歳で独立。 IPO支援、新規事業開発、事業再生、地方創生事業など幅広い分野でコンサルタントとして実績を積み上げる。 2024年9月に青森にオール株式会社(Aomori Legacy Linc = ALL)を仲間と設立。 人財育成 雪花雪中塾 コーディネーター 兼 講師 神奈川大学 客員研究員。TECH HUB YOKOHAMA メンター。
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